【ビーダーマイヤーに恋して】

.09 2010 コラム comment(0) trackback(0)
こんばんは。


今日は、ティースプーンの続きを書く予定でしたが、

今ひとつ気分が乗らず、ちょっと休憩を。

家具のことでも書いてみようと思います。




数年前のことですが、アンティークのソファーを夢中で探した時期がありました。

以前も、何かの記事の中でお話したかと思います。

ささやかながらも家を買ったので、まずはリビングに置くソファーが欲しくなったのです。

毎日使うから、気兼ねなく座れて、丈夫なソファーでなければいけません。

(続きを読む)

憧れていたのはローズウッドに繊細な象嵌が施されたセティ(Settees:肘掛付き長椅子)などの、

華奢で美しい長椅子ですが、

これは眺めるには良くても、実際、寛いで長時間座れるような種類のものではありません。



そこで、とあるお店で偶然目に留まったのが

ビーダーマイヤー様式(Biedermeier-Style)のソファーです。

ビーダーマイヤーに恋して1

↑(洋書「VICTORIAN STYLE」より、ビーダーマイヤースタイルのソファ)

ゆったり三人は座れるくらいの大きなソファーで、1900年頃のドイツ製、

艶のあるマホガニーの木枠にクリームイエローの革貼り、頑丈で座り心地も良さそうでした。

両サイドのアームがスクロールしていて、背枠は緩やかに波打っています。

優雅だけどシンプルで華美過ぎず、いわゆる「普通の家」にも合うだろうと。


しかし値段が・・忘れもしませんが三桁を軽く越えていました。

もちろん断念です。ソファー以外、何も買えなくなりますから。


結局、熱を上げただけで終ってしまったビーダーマイヤーのソファですが、

結構、アンティーク系の洋書や、オークションカタログなどで頻繁に目にしていました。


ビーダーマイヤーに恋して2

洋書「VICTORIAN STYLE」より

そんな折、(ほんのさわり程度で堂々と言うのも憚られますが)

オーストリア史とか、オーストリア文学の講義を聞く機会があって、

その時にビーダーマイヤー様式についても簡単に説明があったのです。



あのソファーを欲しがってた頃は全く知らなかったのですが、

ビーダーマイヤーというのはそもそも、

物語の中の架空の人物(しかも)「'''小学校の先生の名前'''」だったのですね。。!


知りませんでした。。


ということで、今日は復習も兼ねてビーダーマイヤー様式とその時代について、

簡単に綴ってみようと思います




ビーダーマイヤー時代は、ウィーン会議(注1)の1815年から三月革命の1848年までの、

約30年間を指します。

通常ドイツ史においては3月前期とも呼ばれていて、

オーストリア宰相のメッテルニヒが采配を振るっていた時期ですよね。


このメッテルニヒという人物はもともとドイツ人で、ライン川のほとりの名門貴族の出身だそうですが、

ウィーンにやって来て外交官として頭角を現した人です。

非常に保守的な人物でフランス革命の目指した自由や平等には理解を示さず、

貴族階級による支配というこれまでの旧体制を推し進めた人でした。


(注1):ウィーン会議・・ナポレオンがライプツィヒの戦いで退位した後、
ヨーロッパの秩序を整える為、メッテルニヒ主催でウィーンで開かれた国際会議。

「会議は踊る、されど進まず」という言葉は、
ウィーンに集まった各国の顔ぶれ(フランスはタレーラン、イギリスはカスルレー、ロシアからは皇帝アレクサンドル1世じきじきのお出まし・・といった)そうそうたるメンバーの為、
夜は連日舞踏会が開かれたが、各国の思惑は複雑に絡み合い、話し合いはいっこうに進まなかったとされる。




ところでハプスブルク家というのは昔から、いろんな国の有能な人物を率先して受け入れる家風があり、

フランスやイタリア、スェーデンなど、才能のある者はどこの国の誰でも、分け隔てなく招き入れる、

懐の深い王家であったようです。


オーストリア自体が他民族国家であり、多文化の中で調和をとりつつ共存することが必要であった為、

そうした性質が濃いのかもしれません。

いずれにしても一時期のハプスブルク帝国は12の異民族

(ドイツ人、ハンガリー人、チェコ人、ポーランド人、ルテニア人、クロアチア人、スロバキア人、

セルビア人・・・etc)からなる大きな一つの国でしたから、

これだけの数の民族を一つの連邦国家として統治するのは、並大抵の手腕では難しかったのでしょう。



この国家を束ねる役目のメッテルニヒは、保守・反動体制を取っていたので、検閲や弾圧が特に厳しく、

民衆にとって、ひどく窮屈な政治を強いていたようです。


一般の人が政治的な意見を述べたり、集会を開いたり、政治的内容に触れる書物を出版するなどと

いったことは、厳しく制限されました。


長期間こうした状態が続けば誰でも、自分の意見を言うことを諦めがちになる。

政治に背を向け、ささやかな日常の幸せのみを願うようになり・・

つまり「小市民的」になっていった時代がそこにありました。


この風潮、そしてこの「小市民的な人物像」を上手く描いたのが、

ルートヴィヒ(Ludwig Eichrodt 1827-92 )の風刺小説で、その「小市民」としての、

典型的な登場人物が、「'''ゴットリープ・ビーダーマイヤー'''」であったというわけです。


この架空の人物は温厚な小学校の教諭で、単純ではあるが限りなく善良な者として描かれています。

広い世界には眼を向けず、自分の周囲のささやかな平和を大切にし、身の丈にあった生活をする。

家の中は簡素であるが心地よく、贅沢は出来ないがひたすら穏やかで・・

そんな暮らしにすっかり満足しきっている人物なのです。


この小説から端を発した「ビーダーマイヤー」は次第に、架空の人物の名前ではなく、

一つの「様式」の概念として用いられるようになりました。


最初は家具調度品や美術工芸品、室内装飾としてのみ使われた言葉でしたが、

徐々に絵画や音楽、文学の領域にまでも用いられるようになりました。

(絵画ならシュビント、音楽ならシューベルトが代表される)


簡素で心地よい・・といっても、こうした生活様式はウィーン市民だけでなく、

貴族層にも広まったので、ビーダーマイヤー様式の家具や室内には優雅さが感じられます。


ドイツにおけるビーダーマイヤー様式が好まれた時期は、フランスではちょうど王政復古様式あたりで、

イギリスではリージェンシー様式の時期にあたります。

しかしヨーロッパは繋がっているので、ビーダーマイヤーはドイツだけでなく、

フランス、ロシア、北欧諸国・・そして遠くはニューヨークにまでも、

人気のあったスタイルだそうです。


もっともイギリスの人は「ビーダーマイヤーは確かに好まれたが、我が国のリージェンシーほどではない」と、

よく言ったり書いたりしているみたいですね?(笑)(どっちでもいいいことですけどね・・)

しかしリージェンシーの家具も、何というか・・洗練を極めていて素晴らしいです。

ビーダーマイヤーより華やかですね。(ちょっと古代ギリシャ風・・?)

ビーダーマイヤーに恋して4

↑異国趣味で風変わりさが魅力のリージェンシー
洋書「VICTORIAN STYLE」より

ちなみにビーダーマイヤーの一つ前のスタイルはというと、

これはナポレオンが強力に支配していたので、ヨーロッパ中がエンパイヤスタイルですね。


ビーダーマイヤーに恋して5

↑この椅子は脚の部分にイーグルの装飾が施されるなど、まさにエンパイヤスタイルだと思います。
洋書「VICTORIAN STYLE」より


エンパイヤ・・帝国主義というのは、やっぱり壮大で豪華で威圧的な印象があります。
(上の椅子はそうでもないですね、ものによるのでしょうね。)

しかし間もなく、華美な装飾が取り払われ、よりシンプルなスタイル・・

(ビーダーやリージェンシー、あるいは折衷様式)へと移っていく様子が、

この椅子からも楽にイメージ出来ます。



ビーダーマイヤーの後は(ドイツにおいては、)ゴシック・リバイバル、アール・ヌーボー、

ユーゲントシュティ(注2)、そして時代はモダン主義へと流れて行きました。


(注2):Jugendstil→「青春時代(Jugend)」というミュンヘンのグラフ雑誌の名にちなむ芸術様式で、特に工芸と絵画の分野で流行したそうです




「ビーダーマイヤー様式の家具」について、

講義の中で詳しく触れらることはもちろんありませんでした。

この講義はあくまでも歴史と文学が主であって、メッテルニヒがどうしたとか、諸外国の様子とか、

あるいはその他の文学作品にすぐに話が移り、様式や工芸は補足事項でしかなかったので、

あっという間にそれは終ってしまった。


けれども、数年前に感じた(こともあった、)ビーダーマイヤー様式の「魅力」・・


「どこか頑ななまでに簡素である、けれどもやはり優雅で、華美過ぎることは決してない。」


この「不思議な魅力」がどうしてなのか、どこから来ていたのか、


ちょっとだけ分かった気がしたあの帰り道は、充実感で胸が一杯になりました。



充実感・・これは残念ながら、ほんの一瞬しか続かなくて、どうも割に合わない気がしますが・・

それでもやっぱり、これが唯一の自分の原動力?なのだと思いました


PS

「で・・結局ソファーはどうされたのですか」とメッセージ頂きました。
落ちがなかったですね、すいません・・(笑)
ソファーは結局アンティークを諦め、アンティーク風のソファを買いました。
そしてそれ以外のビューローやキャビネット、テーブル、サイドボードといったものはアンティークのものを買いました。そのアンティーク風@@ソファーですが、
今はそれなりに満足して寛げております。(お昼寝も出来ます・・)




この記事は、旧ブログからそのまま引越させた記事です。
(投稿日時2010/5/9午後20:07)


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